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2014_04
25
(Fri)08:11

【アニメ】劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語観ましたよ~

なんか久々のアニメレビューな予感。

ぁー、まだ1回しか見てませんが、完全にネタバレになりますので、
まだ観てないよって方はスルー推奨で(´ω`)ノ

レビュー云うても、個人的な感想と気になったところ書いて、
誰かしらからコメント貰えてスッキリ出来たら良いなー的な俗な思考がベースですけどもw
後は共感とかしてもらえたらええなーって感じ。


さて、当方、まどかはアニメ版を通し見1回、
劇場版前後編を1回ずつ、そして叛逆を1回見しかしていませんので、
私がどこまでに至れているのかは、お察しレベルで考えておいて下さいね。


んじゃ、叛逆のレビュー行ってみましょう(´ω`)ノ

取り敢えず、見所。

ほむらVSマミ。
なんと云う銃撃戦。
ほむらの銃器って実物を魔術運用してるだけで、無限ではないのよね?
運搬とか収納の詳細に突っ込むのは野暮かしら?
しかし、マミさんが強か過ぎてビックリ。この人どうしても抜けてるイメージががが。。

旧お菓子の魔女ことべべ(字合ってる?)が小動物的かわいさを発してたので、
ほむらに連れ出されて尋問を受ける姿には胸を痛めたなぁ。
あっさりとほむらが手を下したりしてたら、胸を抉られる思いをしたかもしれない。
恵方巻きだとか散々な云い方をしてはいたけど、あんなに愛らしいと簡単にやられてしまうんだと思ったね。
そうゆう意味では、私は見た目のかわいさとか言動に簡単に騙されるんだろうなぁ、と改めて自覚しちゃったね。ぇぇ。


杏子&さやか。
やっぱこの二人の友情的なの好き。
このシーンに限らずだけど、続編な時点でTV版観てないとこの映画の楽しみは半減以下よね。
表題に新編とあるのが、単体でも100%楽しめる感があるのが映画批評的には微妙かも分かりません。
まぁ、この辺は受け手次第でしょうけども。
っと、話を戻しますが、いがみ合い続けつつも和解した二人。
いいですよねぇ。
序盤でいがみ合う事なく、互いに認め合ってる二人も良いですが、
後半の全てを知ってるさやかと、事態に翻弄されながらもさやかに信頼を置き共闘する杏子。
友情と信頼。こんなに胸を熱くする言葉もないでしょう。
本編を通して涙脆い私が唯一涙したのもここです。
欲を云えば、もっと泣かせて欲しかったですが、分かり易く泣かせないのもまどかなのかなーと思います。

さやかと云えば、気付けばべべと共にまどかの水先案内人みたいな立ち位置になっていましたが、
あのまま存在が消滅するのかなと淋しく思っていた私としては良かったです。
しかし、元魔女が役目を与えられたとして、何故にお菓子の魔女が選ばれたのでしょうか?
印象的ではありますけども、他の魔女に出番はなかったのかしら?
それとも、描かれてないだけで他の魔女も居たのかな?
劇中では、さやかかべべのどちらかがまどかに~って云ってたので、この二人しか選定されてなかったみたいですが。

べべと云えば、序盤のナイトメア退治の謎の歌からのフィニッシャー感が何とも。
あの歌とかは作中の誰が考えたんだか。
作中で何度かマミさんが「真面目に」って云う度に、あの倒し方って真面目なのかなーって考えてしまった。
そうゆう意味では、あの歌の件はマミさんが考えたんだろうなって結論付けるのがきっと正解。
皆のノリが良くて良かったね(´ω`)


変身シーン。
某美少女戦士とかとは違い、何か素直にキラキラキュピーンじゃない感じが堪らないですね。
なんつーか誰かしら何処かしらから闇を噴出してるような、ね。
しかし、それを含めてもカッコカワイイし、各々の味が出ていて良かったですねぇ。


魔女ほむらVS皆さん。
TV版ラストや話の流れから、閉鎖空間を作って魔女化するのはほむらだと直ぐに気付けましたが、
やはり魔女の描写は何か不思議グロくて好きですねぇ。
しかし、味方化すると不思議とグロ感が消えてるさやかの魔女が、
スタンドとかペルソナのように感じられたのは何故でしょう。
上記の杏子&さやかとかもあり、クライマックスに相応しいシーンだと云えますね。
ただ、これがクライマックスじゃないんですけどもw

そうそう。
終止ウロウロしてた4人組?は何だったのかしら?
ほむらの中に介在する魔法少女の陰的な意味合いがあったのかしら。
あまり存在意義を汲み取れなくてさーせん。
誰か解説プリーズ。


さて、触りはこのぐらいにして、核心行ってみますか。

色々あるから疑問に私的解を投げ付ける形式で行こうかと。


閉鎖空間的世界ってさ色々どうなの?
取り敢えず、ほむらが作りました。
んで、中の人は外から召喚しちゃいました。
モブは物理召喚じゃなくて、曖昧な映像的なぐらい。
途中から顔が赤かったりしたのは、それの視覚化っぽ。
顔が赤いだけに「赤の他人」って一人で納得してました。
召喚の影響力は、概念と化したまどかも呼んでました。
これはほむらの愛の成せる業なのか、この時点で既にほむらが神に匹敵する力を得ていたのかは不明。
または、あくまでもほむらの意識化における世界だから云々。
でも、物理的肉体的に召喚されてる人間が居る時点で、意識化の世界とするのはナンセンスでない?
いずれにしろ人間ってのは、矛盾してるよね。
自分の望みで作った世界だけど、それがやはりどこか腑に落ちないって事で、
自らが主犯だと気付き自ら暴いて壊してしまう。
自分が望んだ世界なのに、それが正しい形じゃないと嫌だなんて、そんな拘りは必要なのかな?
最後の方でも欲望と秩序のどちらを取るかって話が出てきますが、
ほむらは秩序サイドの人間だと云う事でしょうか。
ロゴスとパトス。んー、エンドセクターを思い出しちゃう私ガイル。
まぁ、強いて云うなら、ほむらは自分の事なんてどうでも良くて、
まどかに魔法少女としてではなく、普通の少女として生きて欲しいって事しか考えてないのかもだけども。
ぁー、でもそしたら、魔法少女の概念なんてない世界にすれば良かったんじゃ?
んー?
そもそも閉鎖空間的なのって、ほむらの望みじゃないのか。
インキュベーターの干渉があって生まれた世界的な話があった筈。
そかそか。
んで、そこで無意識化で助けを求め、知ってる人間を召喚したみたいな感じだったのかな。
難しいねぇ(´ω`)
つーこって、整理すると、この閉鎖空間的世界は、
ほむらの救済と云う名の元にインキュベーターが作り出した大掛かりな罠。
概念と化して手出し出来なくなってしまったまどかを実体化させ、観測する為の装置的世界。
うん。色々本編の会話とか思い出してきた。
つーかさ、インキュベーターも世界の再構成の際に、
魔女の事とかもすっぱり無かった事として認識してたっぽいんだから、
ほむらがまどかの事とか色々と喋らなきゃ良かったんじゃないか説が・・。
自分の内にだけまどかを留めおく事に耐え切れない的描写はあったけども、
話し相手には気を付けないとですよね。。

色々と迷走したけど、次ー。


ほむら魔女化したけど、元に戻れるんだ?
インキュベーターが中で魔女になったら戻れない云々云ってたような?
正確には魔女になったらではなくて、死んだら的な話だった気もしたけど。
あと、魔女って概念は消滅したのにほむらがなれたのは、まどかのお目零しだったのかな?
円環の理(字合ってる?)適用後だと今までの魔女化=消滅みたいな処理になったのよね。
ほむらの消滅を望まないまどかは、魔女化したほむらを元に戻す手段を持ってて、
それを知りつつ魔獣(字合ってる?)と戦うほむらを応援してた事になるよね。
なんかスッキリしないなー。
神とは万能であり万能ではないってやつなのかしら。
ぁぁ、気付けば疑問に解じゃなくて疑問に疑問を投げ付ける形式になってもうてる。
んー、それだけまだ整理が出来てないのでごわす(´ω`)


ほむらさんのニタリ顔怖くないですか?
ほむら魔女化解けてアルティメットまどか降臨してハッピーエンドには素直にならないだろうって思ってたら、
ほむらさんニタリして世界を更に再構成しちゃいました。
多分、ここが賛否両論になるとこなのかとは思うのですが、
簡単に云うと歪んだ愛って言葉が一応の解と云えるかもです。
でも、これってそんな簡単な話ではなくて、人の心の難解さを描きたかったじゃないかと思います。
つーか、ここに関しては私は多分正解に辿り着いていると思っています。
そう。
ほむらの望みはただ1つ。
まどかの少女としての幸せの為に。
言葉は違うかもですが、魔法少女でもなく神でもない、あくまでも普通の少女としてのまどかの幸せを願う者。
それがほむら。
ほむらは閉鎖世界の中でまどかの孤独に対する言葉を聞いてしまった。
自分では淋しくて耐えられないと。
アルティメットと化したまどかの心情が実はどれ程に辛いのかも。
だからほむらは、まどかに次に出会った際には、まどかをその孤独の任から解放する事しか考えてなかった。
故にあの流れは至極自然であり、あのニタリも歪んだ笑みではあるけども、
まどかをやっと解放出来ると云う喜びに満ちたものであったのに間違いはないと私は考えます。
自らを悪魔としたのは、その行いがまどかの為とは云え、許されるべき事ではないから。
と云うか、自らを悪とでもしないと、その重みに耐えられないから。
・・・ほむらどんだけ頑張るんだよって感じですよねぇ。
結局、まどかの為に皆の為に、自分一人で全て背負い込んでしまう。
TV版もそうでしたが、この作品は魔法少女ほむらマギカなんですよ。
主人公はほむらで、まどかはほむらの掛け替えのない人。
ぁ、なんだろう何か目から汁が。。。


うん。
書いてく内に思考が進んでそこそこ結論には至れたかなーと思います。
そう。
それは最後のシーンに関しても。
んじゃ、長くなってきましたし、最後のシーンへの言及で締めるとしますか。


最後のほむらとインキュベーターの意味が良く分からないんだけど?
先に断っておくと、ほむらに関しては上記しながら結論を出せたんですが、
インキュベーターに関しては本当にわけがわからないよ。
って事で、ほむらの方を書く前にインキュベーターに関してちょっと。
そう云えば、ずっとインキュベーターって名称で書いてますが、
まぁ、コイツラはもうこれでいいかな。
ちょっと気になってるところがあるんだけど、まどかとほむらに手を焼いたインキュベーターは、
地球から去ろうとしてた訳だけど、それをほむらが引き止めた理由ってなんだろう。
責任問題?魔獣に関しては、コイツラの干渉必要なんだっけ?
魔法少女の概念自体が消滅しない限り、コイツラの救済処置がないと魔法少女は存続出来ないから?
世界の理すら変えられる神や悪魔でも、その元になった魔法少女と云うシステムを改変する事は出来ないって事?
この辺あまりよく分からないんですよね。
んで、最後のくしゃってたインキュベーターは何って話なんですが、
あのくしゃってるのは、ほむらがやったんじゃなくてデフォでああで、新しいインキュベーターの形があれ。
って事ではなく、多分ほむらがやったんだろうけど(どっちだ
つーか、多分、あのシーンはその見た目が重要ではなくて、インキュベーターがあそこに居た事が重要。
そう。
最後にほむらが投身自殺ばりに落ちてく訳ですが、あれの意味はこうだと思われ。
まどかの為に皆の為に自らを犠牲にし、孤独を背負う事を選んだほむら。
しかし、孤独と云う事に耐えられる者はなく、ずっと頑張り続けてきたほむらも限界を感じていた。
そして、そこにインキュベーターが現れ、孤独な自分の周囲にまだ自分が孤独ではない証明がなされたものの、
人外の理と精神を持つインキュベーターに自らの孤独を理解出来る筈もなく、
絶望したほむらは自らの命を。。。
と云う事なのかなー、と。
まぁ、正直これは自信ないです。
今ではこのぐらいの考えは思い付きましたが、見終わった後は少しポカーーンってなってましたしね。

んー。
考えながら書いていたので、書きたかった事全てを書けた訳じゃないですが、
概ね満足ですかね。
つーこって、私が思い至れていない部分や、思い違いしてる部分なんかがあったらご指摘頂ければ幸いです。
共感出来るって部分があれば、それもオナシャス。

書いてみて思いましたが、取り敢えず、もっかい見てみようと云う気持ちがわいてきました。
叛逆でまどか批判してる方も居るようですが、
今一度ほむら視点で見直してみて頂ければ楽しめるんじゃないかと思いますよ。きっとね。

ぃゃぁ、改めて思いますが、私ってアニメ大好きなんですよねぇ。
最近はハマらないように敢えて見ないようにしてましたが、
見ないなんて勿体無いって気持ちの方が強くなってきましたね。
これを機会にアニメも少し見るようにしようかと思います。
まぁ、円盤至上主義と化した、宣伝としての上辺アニメだとディスりレビューばかり書きそうで怖いので、
厳選しつつレビューは程々ぐらいにしようとは思いますけどねw

んじゃ、次はいつになるか分かりませんが、次のレビューをまったりお待ち下さいませ(´ω`)ノシ
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【アニメ】劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語観ましたよ~ - カードショップ・バトラーと徒然なる私

2014/09/04 (Thu) 16:03 | Fake oakleys #EBUSheBA | URL | 編集 | 返信

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